発電所専用線などが無くなった後も残った扇町駅南の専用線。
オイルショックで開始されたセメント高炉用の輸入石炭輸送でしたが、東京の豊洲埠頭にあった大規模な石炭埠頭が廃止されて扇町駅へ移転。炭鉱と港を結んでいた国鉄の石炭車は関東になく、無蓋車では効率が悪く、珍しい形態の私有ホッパ車ホキ10000が導入されました。
原油価格高騰で始まり価格下落で終わった、時代の狭間を走った貨物列車。
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扇町からの石炭輸送、そのような歴史の背景があったのですね。
今ではリニア工事の残土が到着するくらいでしょうか。
数少なくなった鶴見線の貨物列車の灯火が今にも消えてしまいそうで、この駅を訪ねると寂しい風景に見えてきます。
水素電池の試作車両用の設備も撤去されてしまったようですね。
残念ながら一度も試運転や水素の充填の様子を見かけることのないままでした。
扇町駅は東京湾岸の終着駅としてはどの駅とも違った性格と雰囲気を持っていますね。
鶴見線沿線でかつての工業地帯が多く残されている界隈ですが、駅は地方線のような静けさでもあります。
石炭埠頭と化学工場の間で途切れる線路は、未来との狭間で漂っているようですね。