2020年11月18日

港町の道しるべ6

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建屋の下から再び道路を渡った先には歩道上の車止め。他のどこでも見られない、面白い光景。

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倒れた踏切標識。路上で途切れる踏切は、建屋で機回しをする際の引上げ用でした。

長らくそのまま放置されていた廃線跡でしたが、近年まとめて撤去されています。
タグ:廃線

2020年11月17日

港町の道しるべ5

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工場が立ち並ぶ恵比須町。袋小路の大通り、踏切とも併用軌道とも言えない路上の専用線。線路は向こうへ渡ってから突き出した建屋の下を通り、もう一度こちら側へ渡っていました。
タグ:廃線

2020年11月16日

港町の道しるべ4

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運河を渡るガード橋。線路もそのままに残されていますが、もう長らく使われていません。再開発が続く横浜の水辺で、時間が止まったままで。
タグ:廃線

2020年11月15日

港町の道しるべ3

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木の固定具と木の枕木、半世紀以上前から貨物線で見られた意匠が残っていた廃線跡。廃止後も線路と信号が残されていた貨物線でしたが、近年になって更地へ変わってしまいました。
タグ:廃線

2020年11月14日

港町の道しるべ2

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道に埋め込まれた線路。新興駅へ向かう支線には多くの専用線がありましたが、末期にはほとんど利用がなくなり、周辺にほとんど痕跡は見られません。
タグ:廃線

2020年11月13日

港町の道しるべ1

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鶴見駅で海側と山側に分かれた貨物線、海側最初の貨物駅が入江駅でした。
海側を通る線路が開通した1917年に信号所として開業し、埋立地の開発が進んだ1930年に貨物駅となって、工場の専用線から貨車が集まる一大拠点へ。国鉄末期に分岐していた支線の新興駅と統合されましたが、専用線の消滅とともに廃止されました。

今あるのはゆるやかに曲がった駐車場のみ。消えてゆく、線路の記憶。
タグ:廃線

2020年11月12日

静寂の浜辺47

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再開発から取り残された更地。この辺りに鶴見線の貨物列車で終点だった貨物駅の鶴見川口駅がありました。鶴見小野駅の南側に位置し、専用線の他に鶴見線で数少ない一般貨物も扱っていましたが1982年に廃止。他よりも早く廃止されたため、周辺から鉄道の跡はほとんど消えてしまっています。
タグ:廃線

2020年11月11日

静寂の浜辺46

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隣の電車線と対照的に埋もれてしまった線路。浜川崎駅から鶴見線に平行していた単線の貨物線は、この先の鶴見小野駅の横で折り返し、南側の鶴見川口駅まで伸びていました。
タグ:廃線

2020年11月10日

静寂の浜辺45

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街と工場の狭間にある弁天橋電車区。元は私鉄だったため、他から独立して機能している小さな車両基地。
タグ:東日本EC

2020年11月09日

静寂の浜辺44

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緑に囲まれた鶴見線の弁天橋駅。複線の電車線と平行する貨物線がここまで残っていますが、既に廃止されていて貨物列車は来ません。日本鋼管の製鉄所と造船所が沿線一帯に広がっていましたが、扇島に移転して工場やパイプラインも姿を消し、再開発から取り残された敷地は木々に覆われています。
タグ:線路