2016年11月06日

雪国からの来訪者

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栃木県の石橋駅。東北本線の小山・雀宮間では東北新幹線が平行。高架橋の下、雪を付けたEH500-19が駅を通過しました。
タグ:EH500

2016年06月25日

小金井の長老

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小金井駅の西にある公園で、1926年製17m電車クモハ11-106を1967年に改造した救援車クモエ21-001が保存されています。「エ」は救援車。国鉄時代には様々な事業用車が存在し、事故現場へ駆けつける救援車も電車区には旧型電車、操車場や機関区には旧型客車を改造したものが配置されていました。どちらかと言えば大事故ではなく故障など軽微な事故に対応するもので、中央の大きな扉からジャッキのぶら下がったブームがせり出し、交換部品を取り出す仕組み。車体の改造内容が1両ごとにバラバラで、同じ状態の車両がないと言われるほどの珍車。

この車両は小金井駅の北にある小山電車区で国鉄末期まで使われていました。…と言うのは語弊があり、使われずに隅で止まったまま。各地で生きながらえた旧型電車は国鉄末期に廃車となりましたが、幸運にもクモエ21-001はゆかりの地で保存されました。

90年も前に造られた電車は、子供たちの集まる公園のシンボルになっています。
タグ:他EC

2016年06月24日

青い姿が出迎える

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両毛線の足利駅前にはEF60-123が保存されています。電気機関車、しかも旧型でない保存車は珍しいです。EF60は1960年から製造された最初のF級新性能電気機関車。現在も残っている19号機は出力2340kWの初期型で、こちらは出力2550kWの後期型。前照灯の位置や側面の窓配置が変わり、外観は後継機のEF65とほぼ同じ。やや複雑だった初期型の駆動部を改良し、EF60後期型は後の基礎となりました。123号機は貨物用として長らく東海道本線・山陽本線を走り回った後、EF65と交代するまで高崎第二機関区に配置されていました。機会は少なかったですが両毛線経由の貨物列車に使われた縁で、足利駅前にて保存されたようです。

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足利駅は名所や文化財の多い町の玄関口で、昔から使われてきた駅舎が今も残されています。
タグ: EF60

2016年06月23日

空の下で

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「SLもおか号」が真岡駅を出発。高い建物のない地方駅、架線のない空の下、後押しなしで自走する蒸気機関車は良いものですね。
タグ:C12

2016年06月22日

かれこれ20年

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真岡駅の見物をしていたら「SLもおか号」が到着。C12-66は1994年から運転を開始したもので、保存運転としてはかなり長く続いています。

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客車は50系、国鉄末期に旧型客車の置き換えで導入された一般形客車。オハ50-11・オハ50-22・オハフ50-33と番号を揃えていますが、元はオハ50-2039・オハ50-2198・オハフ50-2054で、国鉄末期にはオハ50-2198のみ新津運転区、他は酒田運転区に所属していたものです。関西では蒸気暖房に対応する0番台が多かったですが、東北で使われていたのは電気暖房にも対応する2000番台。各地で10年くらい普通列車に使われたものの、民営化後の電車化で全て廃車となり、そのうち3両が真岡鉄道へやってきました。
タグ:50 C12

2016年06月20日

2軸の黒いやつ

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真岡鉄道の真岡駅には貨車も保存されています。駅の東側にあるのは私鉄の古典車ワフ16、ワ12、ト60。ワ12は廃止された蒲原鉄道の木造有蓋車、ト60は一畑電鉄の無蓋車です。一番珍しいのは有蓋緩急車ワフ16で、1910年製の古い貨車を後から鋼製車体に改造した珍車。車体形状は標準的な貨車に近いですが、基礎となる台枠が木造車と同じで車体も小さいです。倉敷にある水島臨海鉄道・倉敷貨物ターミナル駅の奥で錆びついていたものが、真岡駅へやってきました。

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西側にはDE10と繋がった状態で国鉄貨車の有蓋緩急車ワフ29760、車掌車ヨ14594・ヨ14720、無蓋車トラ75954・トラ75083が並んでいます。ワフ29500とヨ5000は国鉄末期に倉庫として売り出されたため、レール上で保存されたものは限られています。複数を保存している場所はここだけかもしれません。

2016年06月19日

北風は海峡を越えた

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真岡鉄道の真岡駅。通常は建物内で保存されている49671。1913年から製造された9600の1両で、北海道で使われていた除煙板を細く切ったタイプ。近くの公園で保存されていたものが、真岡駅に移転してきました。圧縮空気で走行可能になっており、駐車場の線路を通ってヨ8593の所まで低速で前進するようです。

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後ろに保存されているのはスハフ44-25。戦後に製造された43系客車で、車掌室のある緩急車の北海道型。14系客車に置き換えられるまで急行「ニセコ」や寝台急行「利尻」などで1980年頃まで利用され、小樽の博物館にはトップナンバーが保存されています。スハフ44-25は国鉄末期に函館運転所の所属で、廃車後は青函連絡船羊蹄丸に載せられて展示施設の一部となっていました。羊蹄丸は江東区青海に係留されて船の科学館の一部として公開を続けていましたが、船は解体されて客車のみ真岡駅へ移転。廃車になってから30年ですが、屋内で保存されていたので良い状態。船の中では少し狭苦しかったので、ここではゆっくり眺められます。
タグ:9600 他PC

2016年06月18日

首都圏色

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真岡鉄道の真岡駅の東側にはキハ20-247、西側にはキハ20-213が保存されています。国鉄時代の真岡線を走っていたディーゼルカーを、そのまま保存したもの。「昔ここを走っていました」というものが普通にあるのは珍しいです。

1953年から量産された最初の一般形気動車キハ10系に続く大型化したタイプがキハ20系で、1957年から約1000両製造されました。キハ20は両運転台で標準機関DMH17C(180PS)を1基搭載したタイプです。勾配に対応出来る2機関型キハ52は民営化後もしばらく残っていたので、最近まで走っていた印象もありますが、1機関型は割りと早い段階で引退が進んでいました。
タグ:キハ20

2016年06月17日

DML61ZA

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真岡鉄道の真岡駅。駅の西側に保存されているDE10-95。民営化の際にDML61ZA(1250PS)機関を搭載した初期の0番台・500番台は廃車となったため、現役で残っているDE10は出力増強型DML61ZB(1350PS)機関の1000番台・1500番台。元々、蒸気機関車と違ってディーゼル機関車は注目されておらず、0番台の保存車自体が貴重です。

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駅の東側にもDE10。こちらは保存車というより、蒸気機関車を回送するDE10-1535の部品取り用のようです。ディーゼル機関車は交換部品の確保が死活問題のため、大阪で入換に使われていたDE10がやってきました。実際には特に解体されるような事もなく、保存車と並んで違和感がないよう、外観は綺麗に整備されています。
タグ:DE10

2016年06月16日

「もうか」か「もおか」か

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真岡鉄道の真岡駅。複数の保存車両があり、2両ある車掌車ヨ8000のうちヨ8593は駐車場の真ん中に止まっています。駐車場には線路が埋まっており、圧縮空気で動くSL運転の際には連結したヨ8593に乗車出来るそうです。真岡鉄道は当初から真岡駅で車両保存を行っており、段々と規模が大きくなりつつあります。

真岡鉄道というのは、1912年開業の真岡軽便線から国鉄真岡線になり、さらに赤字線として1988年に廃止・転換されて出来ました。真岡は芳賀城の城下町で、鶴が舞うので舞丘(まおか)と呼ばれたものが真岡になったようです。当初の「まおか」という読み方が地名では「もおか」になりましたが、鉄道では「もうか」となって国鉄時代はずっと「真岡(もうか)線」「真岡(もうか)駅」のまま。地元の出資する真岡鉄道が出来たため、地名にあわせて読み方も変更されています。
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