2022年05月26日

南部富士15

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長旅を終えたEH500に混じって置かれた車掌車ヨ8753。赤と青に囲まれて、不思議と目立つ小さな黒い車体。
タグ:EH500

2022年05月25日

南部富士14

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黙々と進む入換作業。東北本線を駆ける青いコンテナが発着する盛岡貨物ターミナル駅。
タグ:コキ

2022年05月24日

南部富士13

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盛岡客貨車区で救援車代用となっていたスユニ50-2018。検修庫の新築で居場所を追われた、国鉄時代を偲ばせる青い客車。
タグ:50

2022年05月23日

南部富士12

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盛岡駅北側を走るEH500-11。上を通る東北新幹線の高架橋は、延伸されるまでこの先の車両基地横で途切れていました。
タグ:EH500

2022年05月22日

南部富士11

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蒸気機関車用に整備された建屋の隣で、少しずつ進む整地作業。国鉄末期は出入口すらなかった駅の裏側で、掘り起こされた枕木。
タグ:廃線

2022年05月21日

南部富士10

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旧型客車が無くなってからも、50系客車と12系客車をED75が引いていた普通列車。同じ場所に止まっているのは、短いステンレス車体の電車。電気機関車も客車も、もう存在しない盛岡駅。
タグ:東日本EC

2022年05月20日

南部富士9

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特急電車と寝台客車の発着に加えて、貨車の入換で賑わっていた盛岡駅。新設された駅西口周辺は発展したものの、本線と雫石川の河川敷に挟まれた南側は荒地のまま。民営化後も引き続きED75が出入りしていた盛岡機関区は廃止されて久しいですが、レールや路盤は点々と残されていました。
タグ:廃線

2018年10月05日

南部富士8

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左から軽快車のように短いキハ100、両運転台のキハ110、片運転台のキハ112+キハ111。何度も乗った冷房のないキハ58やキハ52の姿は、もう車両基地にありません。
タグ:東日本DC

2018年10月04日

南部富士7

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駅の真ん中にヤード灯のそびえる盛岡駅。出口のない裏手だった西側の操車場跡地は駅前の新市街に変わり、残っていた盛岡機関区などの側線も撤去が進んでいます。広い空の広がる盛岡駅ですが、まとまった用地はいずれ駅ビルに変わってしまうかもしれませんね。

操車場跡地に止められた廃車予定の食堂車サシ481・サシ581の列、出口のない側で寂びれた住宅地…。はるか昔の光景は、もうおぼろげになってしまいました。
タグ:線路

2018年10月03日

南部富士6

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高架下の大きな詰所を背に快速「リアス」が盛岡駅を出発。今もなお快速の残る山田線ですが宮古駅止まりになっており、製鉄所の城下町だった釜石駅へ行く事は出来ません。

快速とは言うものの、普通列車で2時間14分の所を2時間9分もかかっており、実際にはのんびりした運行となっています。
タグ:東日本DC

2018年10月02日

南部富士5

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岩手山を望む盛岡駅。東北本線は北西を向いており、跨線橋からでも目に入ります。
タグ:東日本EC

2018年10月01日

南部富士4

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山々を望む田園地帯に広がる盛岡貨物ターミナル駅。

一般貨物は盛岡駅などで扱われていましたが、1974年にコンテナ用の貨物駅として南に離れた場所で開業。自動車関連で使われている青いウイングコンテナの他、大きな海上コンテナも目立ちます。石油施設もあり、現在ではタンク車の北限となりました。
タグ:線路

2017年03月19日

南部富士3

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1977年、旧型客車の車体をそのまま改造した荷物車に代わり、荷物車マニ50と郵便荷物合造車スユニ50が登場。節約と工場稼働の目的で、スユニ50は新製車体に旧型車から流用した台車を組み合わせたもの。台車によっては、戦後間もなく製造されたスハフ42から10系寝台車スハネ16に流用されて、さらにスユニ50で再使用。手前が荷物室で向こうが郵袋室、真ん中が郵便仕分け室。マニ50は主に荷物列車で使われましたが、スユニ50は急行などに連結されていました。

本州で残ったのは、国鉄末期から盛岡で救援用だったスユニ50-2018のみ。2000番台というのは電気機関車から電源供給を受ける電気暖房型。既に郵便マークなどは書かれていませんが、旧型の台車を持つ客車が盛岡の片隅で待機しています。
タグ:50

2017年03月18日

南部富士2

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盛岡駅の北。西に田沢湖線、東に山田線が分かれた後、東北本線沿いに盛岡客貨車区があります。民営化から年月が経ち、今はディーゼルカーの車庫。機関区や待機線は駅の横に存在していましたが、再開発で機関車もこちらで待機。

沢山あったキハ58は姿を消し、国鉄時代と変わらないのはDE10くらいになりました。
タグ:DE10

2017年03月17日

南部富士1

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盛岡駅。今でこそ701系電車が走っていますが、以前はED75の引く12系や50系客車。西に川が迫っており、出口は市街地がある東側にしかありませんでした。片側出口は東北では珍しくありませんでしたが、盛岡駅は新幹線開通後も残存。西側にあった操車場や盛岡機関区が姿を消し、10年ほど前に広大な用地が街へと姿を変えました。

701系電車は、ある意味で駅の変貌を象徴している気がします。
タグ:東日本EC